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-専門医に聞く- このページはナレッジに関する記事です。

リプロダクティブヘルス/ライツについて

田坂クリニック 産婦人科・内科

田坂 慶一 先生

ご略歴:

大阪大学において不妊症に関する基礎および研究の後、アメリカ合衆国国立衛生研究所客員研究員としてGnRHによるゴナドトロピン分泌機序に関する研究に従事、大阪大学助手、大阪府立成人病センター医長、大阪大学講師、大阪府済生会中津病院産婦人科部長などを歴任の後、平成12年より大阪大学准教授、平成18年12月31日同上退職、平成19年に千里中央にて医院開業(産婦人科・内科)

役職:

豊中産婦人科医会 会長

専門医:

日本産科婦人科学会 専門医 前指導医
日本内分泌学会 専門医(産婦人科) 指導医(産婦人科)
日本産婦人科学会、日本産婦人科医会編「産婦人科外来診療ガイドライン-婦人科編-」作成委員2011,2014

女性の健康を預かるうえで基本的な考えである「リプロダクティブヘルス/ライツ」について

近年、少子化や人口減少と女性の活躍など議論されて久しいですが、他方で女性の大切な権利であるとともに健康問題であり、本質的議論がなされるべきリプロダクティブヘルス(Reproductive Health)/リプロダクティブライツ(Reproductive Rights)という言葉が取り上げられることはあまりありません。

私ども、産婦人科医にとってこの考え方は女性の健康を預かる上で基本的考えであり、それを中心に臨床現場では対応しています。しかし、医師のみならず一般社会にとって決して身近なものとなっていません。一部メディアがこのことを取り上げても女性活動家が発信している日常生活とは関係の薄い問題として認識される傾向があります。

そこで現実社会でリプロダクティブヘルス/リプロダクティブライツが正当に評価され、また実践するために、現実社会でリプロダクティブライツについてどのような議論がなされているかについて考えてみましょう。

リプロダクティブライツは「性と生殖に関する権利」と翻訳されており、国際連合を中心として国際レベルで提唱された女性の人権となっています。1994年国連世界人口開発会議で初めて明確に提唱されました。その後、1995年北京国連世界女性会議で改めてこの権利が「女性の基本的人権」として確認されました。

リプロダクティブライツとはすべてのカップルと個人が子供の数、出産間隔、および出産時期に関して責任をもって自由に決定でき、そのための情報や手段を得ることが出来る基本的権利であって、その権利には差別、強要、暴力なしに生む、生まないについて決定することも含まれています。

内閣府の男女共同参画においても基本方針として明記されており、「リプロダクティブ・ヘルス/ライツに関する意識を広く社会に浸透させ、女性の生涯を通じた健康を支援するための取組の重要性についての認識を高めるという観点から、これらの問題について男女が共に高い関心を持ち、正しい知識・情報を得、認識を深めるための施策を推進する」とされています。

女性が一生にわたって人間として健康管理できること

 リプロダクティブライツの考え方のバックボーンとして「リプロダクティブヘルス」というものがあります。通常は「リプロダクティブヘルス/ライツ(Reproductive Health and Rights)」と併記される場合も多いです。

女性は生殖を担う性を有する存在として、健康な性と生殖に関する権利が保障されることがとりわけ重要であると認識されています。

リプロダクティブヘルスは人間の生殖システム、その機能(と活動)のすべての側面において、単に疾病、障害がないというだけでなく、身体的、精神的、社会的に完全な良好な状態にあることを指しています。

具体的には、人々が安全で満ち足りた性生活を営むことができ、生殖能力を保持し、産むか産まないか、何時産むか、何人産むかを決める自由を持つことを意味する。さらにリプロダクティブヘルスには生殖可能な年齢だけでなく女性が一生にわたって人間として健康管理できることも意味しています。

妊娠時の自己決定権について

 リプロダクティブライツが最もよく取り上げられるのは、望まない妊娠の場合の妊娠継続または回避(妊娠中絶)に関する自己決定権の問題でしょう。特に現代では思春期から20歳前後の世代における性行動の活発化が問題となっています。性行為の本来持つ意味(性と生殖の2面性、独立性)とは別に、性の本質に関する理解が不十分だったり、避妊の知識なく性行為が行われている場合が少なくありません。

避妊に関する啓発の不足や、低用量ピル(oral contraceptive pills: OC)に関する周知、普及不足、緊急避妊に関するの情報不足などのために、いまだ特に若年者での望まない妊娠が後を絶たないのが現状です。宗教論、道徳論、人口論、社会風俗論からの大上段からの一般論的視点からはよく語られますが、現場で避妊に失敗した一人の若者に遭遇した時、その一般論をもとに一生を左右する全責任を個人に負わせることで解決する問題でしょうか。

このジレンマの問題をリプロダクティブライツの観点から考えると以下のようになります。ヒトはいつ、だれとの間で、子供を持つか持たないかの自己決定権を有します。

そのためには妊娠、避妊に関する十分な情報を得る必要があります。

避妊法として低用量ピル(OC)、子宮内避妊器具(intrauterine‐device: IUD)があります。従来日本で広く行われてきたコンドームによる避妊法は避妊法としては男性の協力がないとできませんし、たとえ行われたとしても不確実です。統計上1年間で9人に1人は妊娠する計算となります。また、明らかに避妊に失敗したとき(避妊しなかった、コンドームの破損、残留など)には緊急避妊ピル(emergency contraceptive pills: EC、緊急避妊法72時間以内に薬剤服用)という方法があり、妊娠の確率を約100人に2−3人にできますのでこの点も周知させる必要があります。

さらに、次の段階で、もし妊娠が分かったときには女性にはその妊娠に関して産むか、産まないかを決める自己決定権があり、その権利を行使することになります。

妊娠時の自己決定権には産まない選択としては「安全な妊娠継続の回避(人工妊娠中絶法、各種方法あり)」があり、比較的安全に行われていることも周知する必要があるでしょう。望まない妊娠に至った場合、判断は人生設計上の判断となり、最終的には本人が決める問題です。個々の問題について本人以外の人が述べる人間性とか母性とか道徳などの入る余地はありません。中絶したら子どもができなくなるかもという間違った情報に基づいて人生設計の選択をしたり、個々の問題に対して大上段に道徳や人間性を議論したりすることは本人が当面する問題の解決に結びつきません。

臨床現場では、産む、産まないの判断に関して、まず本人が一生懸命考えて決めた結果なら本人にとっては正しい選択であること、中絶と不妊を結び付ける間違った考えを前提に判断する必要がないこと、妊娠に関する選択は女性の基本的人権であって社会的慣習、道徳的議論、あるいは宗教的立場とは一線を画すること、そのうえで最終的に判断してよいなどを説明しています。そのうえで今後のために一般的避妊法に関する知識などを説明しています。簡単に言えば若者のちょっとした失敗に対して、一生を左右する大きな代償を背負わす必要がないということです。

女性の社会進出に最も貢献したものの一つであるOC

 日本での若者の避妊用低用量ピル(OC)の普及率の低さも問題です。日本で月経困難症に使われているLEP(低用量エストロゲン―プロゲスチン配合薬)は欧米ではOCとして売られています。

欧米では女性の社会進出に最も貢献したものとしてOCが挙げられています。つまりOCは妊娠の自己決定権にとって男性の意向に関係なく選択できる有力な手段として認知されています。日本でOCに対する社会的抵抗は依然根強いです。欧米では多くの若者がOCを服用しており、若年者の使用率が50%を超える国も珍しくありません。一方、我が国のOC普及率は1∼3%と言われています。

緊急避妊ピル(EC)に関しても欧米では低価格(700−5,000円位)で販売しています。日本では大変に高価でしたが今は後発品が出て8000円前後と少し安価になっています。リプロダクティブライツの考えからすれば若者が使えるようにもう少し安価であるべきでると考えられています。日本のある男性医師が英国の薬局で医師であることを説明してECを手に入れようとしたら絶対に売ってくれなかったそうです。女性の自己決定権の徹底ぶりの例として当然ですが興味深いです。

また、リプロダクティブヘルスでは女性特有の症状、性感染症、月経困難症、月経前症候群、子宮内膜症、不妊症、婦人特有のがん、更年期障害などについても、女性がリプロダクティブヘルスを実践できるよう十分な情報提供、医療機関の整備、医師の確保、社会的啓発をうたっています。

女性の社会的役位割から考えると女性特有の疾患に関する前向きなコントロールもリプロダクティブヘルスに含まれます。女性独特の疾患、月経関連障害(月経困難症、月経前症候群)、妊娠に関する情報 不妊に関する情報、子宮内膜症や子宮筋腫などに関する情報、各種婦人科がんに関する情報、更年期障害に関する情報などが挙げられます。

女性は女性特有の上記疾患に関して症状の軽快或は回避のために方法を取ってよいということになります。そしてこれら症状は多かれ少なかれ時期が来たら発症するので、あらかじめ、十分な情報を持って対応することが望まれています。

女性の自己決定権を基本とした施策の必要性

 少子化対策に関して戦後に行われたいわゆる「産めよ、増やせよ」の人口論的介入(圧力)がよく論議されますが、女性の社会進出が進み、労働力の重要部分を担い、経済的に独立、性の開放(性と生殖の価値観の分離)を目指す方向性の現代では家族構造も変化しており、もはや有力な手段ではありません。

今後は女性の自己決定権を基本とした施策が必要です。見方によればリプロダクティブライツは産むことが決定できる権利と前向きに考える側面もあります。特に、フランスやスウェーデンでは、合計特殊出生率が1.5∼1.6台まで低下した後、数々の施策によって回復傾向となり、直近ではフランスが1.92(2015年)、スウェーデンが1.85(2015年)となっています。

これらの国の家族政策の特徴をみると、フランスでは、かつては家族手当等の経済的支援が中心でありましたが、1990年代以降、保育の充実へシフトし、その後さらに出産・子育てと就労に関して幅広い選択ができるような環境整備、すなわち「両立支援」を強める方向で政策が進められました。スウェーデンでは、比較的早い時期から、経済的支援と併せ、保育や育児休業制度といった「両立支援」の施策が進められてきました。また、ドイツでは、依然として経済的支援が中心となっていましたが、近年、「両立支援」へと転換を図り、育児休業制度や保育の充実等を相次いで打ち出しています。

社会全体が共通して認識することの重要性

 以上より、少子化対策では、女性のリプロダクティブライツとリプロダクティブヘルスを社会が深く認識し、尊重したうえで、女性が安心して子供を産んで、仕事を継続し、社会で活躍できるような施策と法整備の抜本的改革を実施することが急務であり、最終的にはそのことが社会の繁栄に結びつくことを社会全体が共通して認識することが最も重要なことです。その面で社会のあらゆる場面で(女性本人、家族、一般診療科への啓発、職場などの社会、行政担当者への啓発、そして教育現場)幅広く議論される必要があります。

将来を担う女性たちが自分の精神、身体特性を自覚し、健康を保つ方法を選択し、自信をもって将来の人生設計を選択できるよう支援することまで活動領域としてもよいのではないでしょうか。

この権利はいろんな局面で侵害されたり、阻害されたりする可能性があります。例えば戦争、政治的圧力、宗教的圧力、民族的圧力、旧来の社会制度など上げたらきりがありません。

平和な時こそ社会が一丸となってリプロダクティブ/ヘルスライツを定着させる努力が重要だと思われます。