• マイページ各種お申込み検定受験
  • 女性の健康電話相談
  • オンラインメノポーズカフェ
-専門医に聞く- このページはナレッジに関する記事です。

更年期の謎を解き明かす、脳からのメッセージ

更年期の症状と脳の関係

(編集部より)更年期症状は200種類以上もあるといわれています。更年期世代では、同じように女性ホルモン値が減少しても、感じる症状やつらさの度合いはそれぞれ異なります。そのため、家族や親しい友人であっても「つらさをわかってもらえない」と悩む声が、電話相談にはよく寄せられます。

そんな更年期のつらさを「見える化」できたら、周囲への理解促進とともに、自分にとっても安心材料になるかもしれません。そうした世界で初めての研究成果が、米国の「Menopause」(更年期障害に関する総合的な科学雑誌)に掲載されました。

https://journals.lww.com/menopausejournal/fulltext/9900/dorsal_brain_activity_reflects_the_severity_of.316.aspx# 「Dorsal brain activity reflects the severity of menopausal symptoms」(背側脳の活動は更年期症状の重症度を反映する)

本記事は、この研究に取り組まれた中村康平先生(慶應義塾大学医学部 腫瘍センター 特任講師 / 熊谷総合病院産婦人科非常勤医師)、鴫原良仁先生(熊谷総合病院 MEGセンター 特別顧問、北斗病院 精密医療センター センター長)のお2人にご寄稿いただきました。

※本記事で解説されている「脳磁図(MEG)検査」は、現在のところ更年期障害の診断などに使用されているものではありません。

1 更年期症状の現実と誤解

更年期に見られるのぼせ、ほてり、発汗、動悸、頭痛などの症状は、他人からは見えにくく、そのために「気のせいではないか」と誤解されがちです。これらの症状は日によって変わり、その強さも異なるため、医療機関を訪れるべきかどうか迷うこともあります。症状が数値や画像として明確に表示されれば、多くの人が医療機関で相談したいと思っていただけるでしょう。このような思いから、私たちは脳磁図検査を活用した新たな検査方法の研究を始めました。

2 ホルモン検査の限界と新たなアプローチ

一般的に、更年期の症状は加齢による卵巣の機能低下がきっかけとなりますが、ホルモンは互いに影響を及ぼし合うため、その量は単純には減るとは限りません(図1)。また、更年期症状は体脂肪やストレスなど、ホルモン以外の影響も受けます。そのため、ホルモン値だけでは更年期症状の全体像を把握することは困難です。これを踏まえ、私たちはホルモン値を超える新しい研究方向を模索しました。

ホルモン、更年期症状、脳、更年期症状のつらさの関係
ホルモン、更年期症状、そのつらさの関係はとても複雑です

3 脳活動と更年期症状の関連性

私たちの研究は、脳に焦点を当てています。のぼせやほてりなどの個々の症状は全身の影響を受けますが、実際にそれを「感じる」のは脳です(図1)。脳の活動を評価することで更年期症状のつらさを科学的に探ることにしました。これにより、更年期症状に対する脳の感知と処理の仕組みを、詳しく理解することが可能になります。

4 研究の方法

この研究には、更年期の症状に悩んでいる女性と、健診のために受診された同年代の女性、合計16人がボランティアとしてご協力いただきました。参加者はまず、婦人科外来で一般的な診察を受け、血液検査によるホルモン値測定を行い、更年期の症状とホルモンレベルの関連を検討しました。

次に、参加者には脳磁図検査室(MEG室)で更年期症状のつらさを評価するためのアンケート(クッパーマン女性健康調査票)を記入していただきました。このアンケートには、症状の頻度や強さを自己報告する項目が含まれており、個々の症状の実感を数値化するができます。

その後、脳活動の詳細な分析のため、脳磁図(MEG)検査を行いました。脳磁図検査は、参加者が目を閉じて5分間横になるだけで、非常に精密な脳の活動データを収集することが可能です(図2)。この検査は放射線や薬剤、注射を使用せずに行われるため、非常に安全であり、参加者にとっても負担が少ない方法です。

最終的に、得られたデータを基に、血液検査で得られたホルモン値、アンケートで評価された更年期症状のつらさ、そして脳磁図によって測定された脳の活動パターンを比較し、これらの相関関係を解析しました。この比較分析により、更年期症状と脳の活動の間にどのような関連が存在するのかを探求しました。

脳磁図を用いた脳活動検査の様子
脳磁図検査の機械(図左)はヘルメットのような形をしています。参加者さんは、頭を差し込んだ状態で、ベッドに横になっていただきます。目をつぶって五分間じっとしているだけで、精密な脳活動データを集めることができます。これをコンピュータで処理(図中央)し、脳の活動を知ることができます(図右)。注射も薬も不要で、検査中は音もしないので、いつ検査が始まって終わったのか、気づかない方も多い、負担の小さな検査です

5 ホルモン値と更年期症状の関係

これまでの研究では、ホルモンの値と更年期症状のつらさの間には必ずしも直接的な相関関係がないとされています。私たちの研究においても、「ホルモンの値」と「更年期症状のつらさ」に相関はないことがわかりました(図3)。

分布図。ホルモンの数値と更年期症状のつらさ関係の例。
ホルモン値と更年期症状のつらさは対応しないことが分かります(論文の図より引用)

6 更年期症状は脳の中に存在する

私たちの研究では、「更年期症状のつらさ」に対応する「脳のはたらき」を探しました。その結果、更年期症状のつらさと脳の活動の間には明確な関連が見られました(図4)。特に、頭頂連合野と呼ばれる脳の部分が、症状の強い人ほど活発な活動を示しました。これにより、更年期症状が脳の特定の部位の活動によって感じられることが科学的に証明されました。これらの研究成果は、米国の科学雑誌「Menopause」の2024年5月号に掲載されています。

更年期症状のつらさに関係があった脳活動の場所
左右の頭頂連合野の脳活動(図中赤色)が、更年期症状のつらさと対応していることが分かります
(論文の図より引用)

7 お近くの婦人科で、ぜひご相談を

私たちの研究により、更年期の症状はただの思い込みではなく、実際に脳の活動によって引き起こされていることが明らかになりました。これらの結果は、更年期症状に悩む多くの方々が、自分の感じている痛みを理解し、適切な医療を求めるきっかけになると信じています。更年期は一人で悩む時期ではありません。もし更年期症状について不安や疑問を感じたら、婦人科に相談してみることをお勧めします。

先生方ご略歴

中村康平先生

中村康平先生プロフィール写真

2011年  島根大学医学部医学科卒業
2018年  島根大学医学部大学院医学系研究科博士課程卒業
2014年  島根大学医学部附属病院 医科医員
2016年  島根大学医学部附属病院 助教
2019年 慶應義塾大学医学部 腫瘍センター 特任助教 / 熊谷総合病院産婦人科非常勤医師
2024年  慶應義塾大学医学部 腫瘍センター 特任講師 / 熊谷総合病院産婦人科非常勤医師
スタッフ紹介 | 慶應義塾大学医学部 腫瘍センター ゲノム医療ユニット (genomics-unit.pro)

鴫原良仁先生 

鴫原良仁先生プロフィール写真

1996年 大阪市立大学理学部物理学科卒
1996年-1997年 家電メーカーにエンジニアとして勤務
2005年 香川医科大学医学部医学科卒
2007年 大阪市立大学卒後研修プログラム終了
2010年 大阪市立大学大学院医学研究科卒
2011-2017年 University College LondonにてResearch Fellow
2017年6月より 北斗病院 精密医療センター センター長
2018年6月より 熊谷総合病院 MEGセンター 特別顧問 併任
北斗病院 鴫原先生プロフィール